2013年07月27日

招き猫文化考(後)



とりあえず、前回のまとめとして……


・正面座りの招き猫は伏見人形の流れを汲んだもの

・今戸の招き猫は正面座りの招き猫ではなく横座りの招き猫

・招き猫発祥の地といわれる豪徳寺も今戸神社も今の招き猫の形になったのは戦後の話

・この両者は今戸焼きの白井さんが作ったものだがそれは今戸の招き猫の特徴とは一致しない

・そもそも江戸時代に招き猫の姿は全くと言っていいほど存在が確認されていない

・しかし江戸時代末期に今戸焼きの猫が一時期流行ったのは事実であるらしい



というところは押さえておいて頂くとして……




この記事が書かれた当時には、招き猫以前の猫の置物北廓吉原町、猿若町などの遊所の者より流行していたと推察されることです。


……





で、吉原に平戸って言えばそれはですね……







吉原の如きは、毎年正月元日に、弾左衛門の配下が大黒舞を演ずるを待ちて仕事初めの扉を開くを例とし、俳優市川団十郎、尾上菊五郎、劇場主、噺家、三味線引き、太夫の類、みな芸人として支配しており記名捺印した帳簿あり、いまに存するなるべし


で、話を猫に戻して……








丸に✕、もとい目……もといメw




初代弾左衛門は、日本橋の日本銀行のあたりに住み、ローソクの芯を売っていた。その後、現在のカトリック浅草教会の近くにある鳥越神社のあたりに移り、さらに遠く、浅草・今戸の方へと移動させられた。




で、焼物と云えば粘土。
粘土といえば轆轤。
轆轤といえば木地師。





○に〆で丸〆
丸に人で人丸



でー……



画像が不鮮明なのでちょっとハッキリとは断言できないですが……

・正面座り(≠今戸系)≒伏見系
・小判を持っていない(≠常滑系)+前掛けを着けていない(≠瀬戸系)≒白井系
・模様がある(≠豪徳寺系)

…………これはw



………………で、











陽物……置物……って……







……で、狸の置物って……

















……狸⇔猫だから小判の配置は決まって股間だったんですねw



飾り煙突=傘付き陽物

…………本当に「特殊なノウハウ」過ぎる……wwww

posted by 白田 正宗 at 02:15| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
人丸 古今伝授……
今人丸こと烏丸光栄……
Posted by 白田 正宗 at 2013年07月27日 02:19
タヌキンのタマキンってことですかw
たんたんたぬきの
Posted by kaerunimienya at 2013年07月29日 18:51
まもなくかなたの 賛美歌
タバコやの娘 金時計

よくアニメや漫画を無理やり繋げる僕としては
漫画 ウロボロス -警察ヲ裁クハ我ニアリ-

金時計 ウロボロス
が思い浮かんだ
Posted by kaerunimienya at 2013年07月29日 18:57
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。